こんにちは。株式会社Make Careの代表取締役CEOであり、訪問看護ステーションくるみでマーケティングを担当している石森寛隆です。XではHEROと名乗っていますので、もしよろしければフォローください。
さて、不定期連載と言うことで、「企業内のこころの保健室」構想の第二弾を発表させてください。
前回の第1回では、なぜ「予防」が必要なのか、日本の社会保障が事後対応型に偏っていることを問題提起しました。統計を示しながら「もっと早く手を打てれば」と僕が考える背景を書いたのですが、数字はあくまで数字です。
その裏には、実際に休職や離職に追い込まれた一人ひとりの人生があり、物語があります。
今回は、僕がソフト・オン・デマンドやザッパラス、中小ベンチャーでマネジメント層として働いていたときに、実際に見聞きしてきたケースを3つ紹介したいと思います。
そこから、なぜ僕が「こころの保健室」という構想に強くこだわるようになったのか、その原点を少しでも感じてもらえたら嬉しいです。
数字の背後には、声にならなかったサインが必ずあります。
小さな遅刻が増える、会議で発言が減る、Slackの返信が夜中に偏る、笑顔が固くなる――どれも単体では“些細”に見えるのに、連なった瞬間に大きな危険信号に変わります。
マネジメントの席からそれを見てきた僕は、「後から振り返れば分かるサイン」を、できれば“その時”に掬い上げたいと何度も思いました。
掬えなかった後悔が、今回の連載を書く動機のひとつです。
ケースA:30代前半、真面目で優秀な社員(ソフト・オン・デマンドで見た同僚)
ソフト・オン・デマンド時代、30代前半のとても真面目で優秀な社員がいました。任された仕事は完璧にこなし、上司や同僚からの信頼も厚い。ただ、その「頑張りすぎる性格」が少しずつ彼を追い詰めていったのです。
最初は遅刻や早退が増え、やがて朝、布団から起き上がれなくなる。休職に入る直前、彼が僕にこぼした言葉が今も残っています。
「自分では頑張っているつもりなのに、体が言うことをきかないんです」
数ヶ月の休職ののち復帰を試みたものの、うまくいかずに退職。企業にとっても痛手でしたが、それ以上に本人のキャリアが中断されたことが悔やまれました。真面目さや責任感が強い人ほど、メンタルの不調に陥りやすいという典型例だったと思います。
ケースB:家庭を支える40代の社員(ザッパラスでの部下)
ザッパラスでマネジメントをしていた頃、40代の部下がいました。子どももまだ小さく、家庭を支える大黒柱。責任感から人一倍仕事に打ち込んでいましたが、慢性的な長時間労働とプレッシャーが積み重なり、ある日突然出社できなくなったのです。
休職に入り、傷病手当金で生活を維持していましたが、それも最長2年。十分に回復することができず、復職できないまま収入が途絶え、生活は行き詰まり、やがて生活保護に頼らざるを得なくなりました。
「本当は働きたい。家族を守りたい」――彼がそう口にしたとき、僕は強い無力感を覚えました。家庭を背負う立場での休職・離職は、本人だけでなく家族全体の生活に直結する。その重みを目の当たりにして、「制度の限界」を痛感しました。
ケースC:入社2年目の若手社員(ソフト・オン・デマンドでの直属の部下)
ソフト・オン・デマンドでマネジメントをしていた頃、入社2年目の新卒の部下がいました。夢を抱いて業界に飛び込み、先輩からも「期待の新人」と見られていました。素直で努力家で、これからが楽しみな人材でした。
ところが、慣れない環境の中で小さなミスが続くと、自分をどんどん追い込んでしまった。周囲はそこまで責めていなかったのに、本人の中では「私はダメだ」という思い込みが膨らみ、心身を消耗していったのです。
ある日、僕が「そんなに自分を責めなくていい」と声をかけたとき、彼女は泣き出しました。すでに眠れない日が続き、食欲も落ち、限界を迎えていたのです。休職に入り、キャリアのスタートラインでつまずいた彼女は「この業界でやっていけるのだろうか」と深い不安を抱えるようになりました。
三つのケースに共通していたのは、
(1)完璧主義や責任感の強さが自分を追い詰めること、
(2)睡眠の乱れや遅刻・食欲低下など“体のサイン”が早期に出ていたこと、
(3)忙しさを正当化する組織文化や、属人的なマネジメントにより助けを求めづらかったこと、
の三点でした。誰か一人の努力や根性では解決できない。だからこそ、仕組みとして早期に拾い上げる“場”が必要だと痛感したのです。
数字の裏にある「人の物語」
こうしたケースは、決して珍しい特別な出来事ではありません。
厚労省の統計を見れば、精神疾患を理由とした労災請求や休職は年々増えています。健保連のデータを見れば、傷病手当金の支給総額は年間5,000億円にのぼり、そのうち精神疾患が約3割を占める。数字で見れば一目瞭然です。
けれど僕が忘れられないのは、その裏にある「人の物語」です。
30代でキャリアを中断せざるを得なかった同僚。40代で家庭を背負いながら生活保護に追い込まれた部下。20代でキャリアのスタートからつまずいた新卒。
どの世代にも起こり得るし、誰もがリスクにさらされています。年齢や立場に関係なく、人は心を病むことがある。その現実を、僕はマネジメント層として何度も目の当たりにしてきました。
僕たちの想い
この経験を通して、僕は「もっと早く相談できる場さえあれば、結果は変わったかもしれない」と強く感じました。
メンタルの不調は、本人が「まだ大丈夫」と思っているうちに進行します。そして気づいたときには休職や離職、生活の崩壊にまでつながってしまう。
だからこそ、僕たちは「こころの保健室」という構想にこだわっています。
社員が「ちょっとしんどい」と思ったときにすぐアクセスできる仕組みがあれば、AやBやCのようなケースを未然に防げる可能性がある。
経営者として、そして現場を見てきた人間として、僕たちは「予防の仕組みを社会に実装すること」に挑戦したい。
それが、僕たちが訪問看護を超えて社会に貢献できる道だと思っています。
「こころの保健室」で僕たちがやりたいのは、まず“最初の30分”の介入です。
丁寧なヒアリングで睡眠・食事・生活動線を整えるアドバイスを行い、翌週までの小さな行動計画を一緒に決める。
必要に応じて医療機関や訪問看護へスムーズに繋ぐ。
本人が「助けを求めてもいい」と感じられる最初のハードルを、できる限り低くすること。
それが長期離脱を防ぐ最短の道だと、僕たちは信じています。
併せて、管理職向けには観察のチェックリストを配るつもりです。
睡眠・遅刻・レスの遅延・表情・口数の五項目を週次で点検し、二項目以上に変化が出たら本人に声をかけて保健室に“同席予約”する。
責めるのではなく、事実と感想で伝える。
現場で回るのは、いつだってこのくらいのシンプルさだと思うからです。
次回予告
第2回では、現場で見てきた休職・離職のリアルを紹介しました。
次回の第3回では、これらのケースを踏まえて「なぜ予防としての仕組みづくりが不可欠なのか」をさらに掘り下げ、具体的に「こころの保健室」がどのように機能するのかを考えてみたいと思います。
