看護師の中村です。このエッセイは今回で第4回になります。
先日、精神科医療に関するある研修に参加してきました。数日間にわたる非常に充実したプログラムで、多くの学びと気付きを得ることができたのですが、その最終盤でとても印象に残るやり取りがありました。
今回のエッセイは、そこで起こった出来事について書いていきたいと思います。
大阪市、寝屋川市、守口市、
門真市、大東市、枚方市全域対象
“精神科に特化”した
訪問看護ステーション
「くるみ」
平日・土曜・祝日 9:00〜18:00
【日曜・お盆・年末年始休み】
※訪問は20時まで
対応させていただいております。
心地良い余韻が引いた瞬間
今回参加してきたその研修の内容は非常に実践的で、講師一人ひとりの言葉は決して大仰ではないのに、長く臨床を歩んできた人にしか持ち得ない重さがありました。また、話された言葉の一つひとつがゆっくりと心の奥に残っていく感覚がありました。気がつけば、最後には一人で小さな感動のようなものを覚えていて「この研修に参加してよかった」と、素直に思っていました。
講師の中には、立法当初から医療観察法に携わってきたという看護師の方もいました。日本においてクライシス・プランが普及した大きなきっかけは、2005年に施行された医療観察法です。この法律の下では、重大な他害を行った対象者の再発防止と社会復帰を目的として、入院処遇中からクライシス・プランの作成が推奨され、臨床現場で広く活用されるようになったのです。
研修がすべて終わったあと、僕はその講師のもとへ行き、感想やお礼などを簡単に伝えつつ、一つの質問を投げかけました。
「クライシス・プランについて色々と調べているんですが、日本の精神科医療の中でクライシス・プランが導入された経緯について、もしご存知でしたら教えていただけませんか?」
一瞬の沈黙。
ん?この間はなんだろう?と、わずかに空気の揺れのようなものを感じた次の瞬間、その講師の方は静かに、でも確かに熱のこもった口調でこう言いました。
「私、『アンチ・クライシス・プラン』なんです。すみませんが、経緯についてはよく知らないです」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がかすかに緊張したような感覚がありました。「アンチ」という、あまりにもはっきりとした、強い言葉。今の今まで心の中に残っていた研修の心地良い余韻が、音もなくすっと引いていきました。
本当は、なぜそのように考えているのか聞くことができれば良かったのですが、その時の僕は、うまく言葉を見つけることができませんでした。結局「そうでしたか、ありがとうございました」とだけ伝えて、その場を逃げるように離れました。

胸の中に引っかかったままの言葉
帰りの電車の中、その場面は頭の中で何度も再生されていました。まるで、意図せず繰り返される再放送のように、同じやり取りだけが何度も浮かび上がってくるのです。
本来であれば、研修を終えたあとの心地よい疲労と解放感に身を預けるはずでした。あらかじめ映画のチケットまで買っていたのに、映画館には足が向きませんでした。
代わりに、普段はほとんど手に取らないレトルト食品や菓子類をいくつか買い込み、そのまま早足でまっすぐ家に帰りました。味を確かめるでもなく、ただ空腹を埋めるようにそれらを口にして、気がつけば何をするでもなくぼんやりスマホを眺めて時間だけが過ぎていきました。
はっきりとした怒りというほどではない。けれど、胸の奥に引っかかるような、名づけきれない苛立ちのような感情だけが、静かに残り続けていました。
なぜあれほど揺れたのか
それから数日経ち、ようやく少しずつ自分の内側を整理していくことができるようになりました。あのやり取りにこれほどまでに反応したのは、それだけ自分がクライシス・プランについて、長い時間をかけて考え、大切にしてきたからなんだろう、と。そして「あ、これ、次のエッセイのネタになるかもしれない」と気付いたとき、一気に頭の中のモヤが引いていく感じがしたのです。
僕は小さい頃から音楽や映画、本が好きでした。思い返せば、僕が大切にしている音楽や映画、本に対して「何がいいのかわからない」と言われた経験は、これまでに何度もありました。そのたびに、表面上はニヤニヤして笑顔で取り繕いながらも、心のどこかで苦虫を噛み潰すような感覚を抱えてきました。
自分が支えられてきたもの、心を動かされてきたもの。
そうした、自分を形成している要素に対してマイナスな言葉や態度が向けられたとき、人はしばしば「自分自身を否定された」と感じてしまうのかもしれません。
ある価値観や信念がその人にとって重要であればあるほど、それが揺さぶられたときの影響は大きくなります。外から見れば些細な言葉でも、その人の内側では大きな意味を持つ出来事になる。その意味で、あの出来事は僕にとって小さなクライシス的体験だったのだと思います。
言葉の背景を想像する
そして、もうひとつ別な視点も浮かんできました。
講師の方は、長く臨床や制度の現場に関わってきた看護師でした。医療観察法におけるクライシス・プランは、当初「再他害行為の防止」というリスクマネジメント(管理・監視)の意味合いが強かったことはよく指摘されています。つまり、長い臨床経験の中で、クライシス・プランが当事者の主体性を削ぐ処遇上の約束事(保安的な道具)として機能してしまった現場の歴史や葛藤、違和感などを積み重ねてきた可能性があるのです。
「アンチ」とはっきり表明するに至る背景には、その人なりの経緯や文脈があったのだと思われます。
さらに言えば、僕の質問そのものが、講師の方にとっては単なる質問ではなく、自分の専門領域や信念に触れるものとして受け取られた可能性もあります。人は誰でも、自分の大事なものを壊されたり傷つけられたりするかもしれないと感じたとき、必死で防御しようとします。そして、時に強い言葉を使うことで、自分の大事なものを守ろうとします。そう考えると、「アンチ」という言葉を使うことは、講師の方にとっての対処であったとも考えられるのです。
人が強い言葉を発するとき、その背景には不安や葛藤、守ろうとしているものが存在していることが少なくありません。表面的な言葉だけを見れば他者と境界線を引いているように見える出来事も、内側では自分を保つための反応でもあるのだと思います。

フェンスの向こう側に目を向ける
看護の現場でも、同様の場面に直面することは少なくありません。看護師と利用者(患者)さん、あるいは多職種間で、見ているものや大切にしているものが異なることは自然なことです。そのとき「正しいかどうか」を判断するのではなく、「なぜその人はそう考えるのか」という文脈に目を向けること。それが、クライシス・プラン的な関わりなのではないかと考えています。
今回の経験は、自分が何を大切にしているのかを改めて浮き彫りにしてくれました。その人の主観を尊重すること、意味づけの変化に寄り添うこと、対話を通して理解を深めていくこと。僕が大切にしているのは、そうした姿勢なのだと気づかされました。
「アンチ・クライシス・プラン」という言葉は、お互いの間に築かれたフェンスのようなものでした。しかし、大切なのは、そのフェンスを無理に壊そうとするのではなく、なぜここにフェンスが必要だったのかを問いかけ、その足元を一緒に眺めようとする姿勢です。
もしもいつか機会が訪れるのなら、その講師の方に「なぜアンチと思うに至ったのか」を聞いてみたいと思っています。そして僕自身も、クライシス・プランを大切にしている理由を、丁寧に言葉にして伝えてみたいのです。