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【CEOコラム】Vol.070 選挙という「最低限の参加」:僕たちが現場から未来を奪われないために

HEROさんシリーズくるみの社長エッセイ

こんにちは。株式会社Make Careの代表取締役CEOであり、訪問看護ステーションくるみでマーケティングを担当している石森寛隆です。XではHEROと名乗っていますので、もしよろしければフォローください。

2026年1月19日、高市早苗首相が衆議院の解散を表明。
27日公示、2月8日投開票で実施されることになりました。

投票日は明後日ですね。

僕は今回は期日前投票に間に合わなさそうなので、日曜日、必ず投票に行こうと思っています。

出来れば、みんなにそうあってほしい。

「選挙、行きますか?」

強制はしないけど、そんな思いを込めて、選挙のたび、選挙に行くことを促す共有をしています。

大阪市、寝屋川市、守口市、
門真市、大東市、枚方市全域対象

“精神科に特化”した
訪問看護ステーション
「くるみ」

06-6105-1756 06-6105-1756

平日・土曜・祝日 9:00〜18:00 
【日曜・お盆・年末年始休み】

※訪問は20時まで
対応させていただいております。

1. 「一票で社会は変わらない」という諦めの正体

「自分の一票くらいで社会は変わらない」
そう思う気持ちは、正直に言ってよく分かります。広大な海にコップ一杯の水を注ぐような、あるいは巨大な歯車を素手で止めようとするような、そんな無力感に苛まれることもあるでしょう。

「小さな無力感」の積み重ねが、大きな無関心を作る

しかし、この「どうせ変わらない」という感覚こそが、最も危険な罠でもあります。多くの人がこの無力感を共有した結果、政治は「一部の声の大きい人」や「組織力を持つ層」の意向だけで動くようになります。僕たちが無関心でいる間も、社会のルールは刻一刻と書き換えられていきます。

「誰が決めても一緒だ」と関心を捨てている限り、社会は本当に、そして残酷なほど何も変わらなくなります。これは、決して遠い政治の世界だけの話ではないのです。

2. 現場の工夫を無効化する「ルール」の存在

僕たちが日々向き合っている医療や福祉、そして働き方のルール。
これらはすべて「誰かの意思決定」の積み重ねで出来ています。

診療報酬や介護報酬の体系

現場の負担を左右する配置基準や制度設計

限られた国家予算をどこに配分するかという優先順位

すべて、政治というプロセスを経て決定されるものです。

専門職だからこそ見える「制度の壁」

現場でどれだけ知恵を絞り、スタッフが身を削って工夫したとしても、制度という「枠組み」そのものが歪んでいれば、僕たちが提供できる価値には物理的な限界が訪れます。
特に、公的資金を原資に仕事をさせていただいている僕たちの立場において、政治は「自分たちのフィールドのルールを決める場」そのものです。このルール作りを他人に丸投げしたまま、「現場を良くしたい」「未来を明るくしたい」と願うのは、少しばかり都合が良すぎるのではないか。そう思うのです。

3. 投票は「満点」を探すテストではない

よく誤解されがちですが、投票は「100点満点の正解を選ぶテスト」ではありません。
この世に完璧な候補者も、すべての政策に同意できる非の打ち所がない政党も存在しません。誰を選んでも、どこかには妥協や疑問、あるいは「ここだけは納得できない」という部分が残るものです。

「完璧」を求めすぎると、思考は停止する

「理想の相手がいないから選ばない」というのは、一見誠実なようでいて、実は思考の放棄にすぎません。投票の本質は、不完全な選択肢の中から「よりマシな方」や「自分たちの価値観に少しでも近い方」を絞り出す泥臭い作業です。

誰に投票するか。あるいは、どうしても託せる相手がおらず白票を投じるか。
その選択のために費やした思考と、投票所へ向かったという事実。その「参加」のプロセス自体が、僕たちがこの社会の当事者であり、オーナーであることの証明になります。

4. 「無関心が無コスト」という非合理な仕組み

本来、何かを決めるという行為には、多大な時間と労力がかかります。情報を集め、比較し、責任を持って一票を投じる。これにはコストがかかります。
それにもかかわらず、今の民主主義の仕組みでは、「参加して考えた人」と「最初から放棄した人」が全く同じ扱いを受け、むしろ放棄した人が何のコスト(不利益)も負わないようになっています。

白票でもいい、投票所へ行くことが「牽制」になる

これは非常に非合理なことです。
決定を他人に丸投げするということは、本来なら「自分の取り分や環境がどうなっても文句は言わない」という大きなリスクを背負うことと同義であるはずだからです。

たとえ白票であっても、あるいは誰に入れても、投票率という数字に貢献することは、政治家に対して「私たちはあなたたちを見ているぞ」という無言の牽制になります。若年層や現役世代の投票率が上がれば、政治家はその層を無視した意思決定ができなくなる。これが民主主義のシンプルな力学です。

だからこそ、僕は「最低限、参加しよう」と言い続けたい。それは思想や正義の話ではなく、この社会を維持していくための「メンテナンス作業」だと思うからです。

5. 民主主義は「無料の公共サービス」ではない

民主主義とは、黙っていても自動で最適化されていく便利な無料サービスではありません。
参加し、考え、意思を示す人がいて、その摩擦と対話の中でようやく成り立つ、非常に手のかかる「共同プロジェクト」です。

もし業務の合間に行けそうなら、勤務時間中に行ってもらっても構わない。それくらい、投票という行為は僕たちの仕事、そして生活の根幹に関わる重要なタスクだと思っています。

僕たちの一票には、社会の温度を1度変えるだけの価値が間違いなくあります。
その価値を信じられる社会であってほしい。そして少なくとも僕は、自分の持つその一票の価値を信じて、日曜日、投票所へ向かいます。

この記事を書いた人

石森寛隆

株式会社 Make Care 代表取締役 CEO

石森 寛隆

Web プロデューサー / Web ディレクター / 起業家

ソフト・オン・デマンドでWeb事業責任者を務めた後、Web制作・アプリ開発会社を起業し10年経営。廃業・自己破産・生活保護を経験し、ザッパラス社長室で事業推進に携わる。その後、中野・濱𦚰とともに精神科訪問看護の事業に参画。2025年7月より株式会社Make CareのCEOとして訪問看護×テクノロジー×マーケティングの挑戦を続けている。

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