大阪市全域を訪問区域とする『訪問看護ステーションくるみ』の代表、中野誠子が綴る『社長エッセイ』第68弾!
お子さんのいる利用者さんのお宅へ訪問したときのことです。
何気なく年齢の話になり、私の年齢を伝えると、「ママと同じ歳や」と言われました。
もし私に子どもがいたら、こんなに大きな子がいて、もしかしたら孫がいてもおかしくない年齢なんだなと思い、ゾッとしました。
自分ではまだ若いつもりでいますが、確実に歳を重ねているんだなと実感する出来事が、最近増えています。
「歳をとったな」と感じる瞬間が増えていくのは、ちょっと怖いな、と思う今日この頃です。
大阪市、寝屋川市、守口市、
門真市、大東市、枚方市全域対象
“精神科に特化”した
訪問看護ステーション
「くるみ」
平日・土曜・祝日 9:00〜18:00
【日曜・お盆・年末年始休み】
※訪問は20時まで
対応させていただいております。
◆「スルーしたらいいやん」と言われても
突然ですが、皆さんは嫌なことを言われたとき、どうしていますか?
私は、つい真剣に聞いてしまって、イライラしてしまいます。
そんな話をすると、決まって友人に言われるのが「スルーしたらいいやん」という言葉。
でも、私の中では“人の話をスルーする”ことに強い抵抗があります。
どんな内容であっても、人の話はきちんと聞くものだと思ってきました。
だからこそ「スルーしたらいいやん」と言われても、「それができたら苦労しないよ」と、心の中で思ってしまうのです。
すると今度は「気にしすぎ」「いちいち反応せんほうがいいよ」と言われる。
きっと、メンタルがしんどい人ほど、こう言われてきた経験があるのではないでしょうか。
でも正直なところ、それができるなら、もうとっくにやっていますよね。
◆傷つきやすさは、弱さじゃない
そもそも、傷つきやすい人は「気にしない力が弱い」のではなく、「感じ取る力が強すぎる」だけだと思っています。
空気の変化、声のトーン、ちょっとした言い方、周囲の表情や雰囲気。
そういったものを無意識に拾ってしまうから、人よりも疲れやすくなってしまうのだと思います。
それは決して欠点ではなく、むしろ“高性能なセンサー”を持っている状態なのではないでしょうか。
◆精神科の現場で見てきた現実
精神科の現場にいると、こんな声をたくさん聞きます。
「人の目が気になって外に出られない」 「SNSの一言で、何日も落ち込んでしまう」
SNSは、顔も知らない人との交流です。
書いた本人はそんなつもりがなくても、文字だけで受け取ることで深く傷ついてしまうことがあります。
そんな人たちに対して「スルーしろ」という言葉は、骨折している人に「走れ」と言うのと同じではないかと、私は思います。
◆必要なのは、根性論ではなく「環境」
必要なのは、気合いや根性論ではなく「負担を減らす環境」だと思います。
どうしてもスルーできないなら、SNSを見る時間を減らす、あるいは閲覧範囲を限定する。
人間関係であれば、苦手な人とは距離を取るという選択も、決して悪いことではありません。
でも実際には、
「距離を取ったら何か言われるかもしれない」「嫌われたらどうしよう」
そう思って、なかなか距離を取れない方が多いのも事実です。
けれど、自分にとって心地よくない言葉を浴び続けて、こころが疲弊してしまうのはどう考えてもマイナスです。
自分のこころを守れるのは、自分しかいません。
こころはもう「しんどい」というサインを出しています。
距離を取ってもいいのです。
◆訪問看護が大切にしていること
スルーできない自分を変えるより、スルーしなくて済む環境をつくるほうがずっと現実的です。
私たち訪問看護がやっているのも、まさにそれです。
「この人は繊細だから、こう関わろう」 「刺激が多すぎないようにしよう」
そうやって環境を調整すると、人は驚くほど安定します。
一人では、自分の気持ちに気づきにくいものです。
だから訪問の際には、利用者さんと一緒に話をしながら、「どうしたら少し楽になるか」を考え、行動につなげていきます。
スルーできない人は、弱いわけではありません。
周囲のことを、誰よりも強く感じているだけです。
それは、本来、否定されるものではなく、理解され、守られるべきものだと私は思っています。
「気にしすぎ」と言われてきた人ほど、本当は一番人に優しい人なのかもしれません。
物事の捉え方を少し変えるだけで、こころは少しずつ楽になっていきます。
でも、一人で抱え込むと、どうしても負のループに陥りがちです。
今、もし誰かに「スルーしたらいいやん」と言われて苦しくなっているなら、一度誰かに相談してみてください。
「こんなこと相談したらおかしいかな」と思うかもしれません。
でも、それはおかしいことではありません。
人の話に真剣に向き合ってきた証拠です。
向き合ったからこそ、どうしたらいいかわからなくなっている。
それだけのことです。
環境を少しだけ変えてみる。
それだけでも、こころは変わります。
一気にやろうとしなくて大丈夫です。
少しずつで、十分です。
さて、次は何を書こうかな。