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[中村エッセイ] 第2回 「クライシス」という言葉のそばで

中村エッセイ精神科訪問看護とは

 

看護師の中村です。このエッセイは、今回で第2回になります。

前回は、クライシス・プランを「書式」ではなく「アプローチ」として捉え直す視点について書きました。今回は、その前提となる「クライシス」という言葉そのものについて、少し立ち止まって考えてみたいと思います。

 

大阪市、寝屋川市、守口市、
門真市、大東市、枚方市全域対象

“精神科に特化”した
訪問看護ステーション
「くるみ」

06-6105-1756 06-6105-1756

平日・土曜・祝日 9:00〜18:00 
【日曜・お盆・年末年始休み】

※訪問は20時まで
対応させていただいております。

 

広がりつつあるクライシス・プラン

クライシス・プランというアプローチは、少しずつ医療や福祉の現場に浸透してきているように感じます。 病院やクリニック、訪問看護ステーションの中には、「クライシス・プランを取り入れています」と掲げているところも増えてきました。

一方で、「クライシスとはなにか」という言葉そのものについて、立ち止まって考える機会は、案外少ないのかもしれないなと感じています。書式を作ること、運用することが先にあり、その前提となる言葉の意味が、どこか置き去りにされてしまっている。そんな場面を、これまで何度か見てきました。

 

クライシスをどう捉えるか

クライシスという言葉は、日本語では「危機」と訳されることが多く、どうしてもネガティブで、避けたい状態としてイメージされがちです。 けれど、医療や看護の文脈で語られてきたクライシスは、もう少し繊細な意味を持っています。

僕自身、クライシス・プランについて考えたり、誰かに伝えたりするときには、「危機介入の父」と呼ばれる心理学者 ジェラルド・カプランの「クライシス」の視点に立ち戻ることが多くあります。

今回は、その考え方を手がかりに、「クライシス」という言葉の意味を改めて考えたいと思います。

 

 

クライシスは主観的な出来事である

カプランは、「クライシスとは主観的な出来事であり、自分では制御不能であり、必要な資源やコーピングスキルを自分は持ち合わせていないと評価している状態である」と言っています。

ここで大切なのは、「何が起きているか」ではなく、「本人がどう評価しているか」という視点です。

同じ出来事が起きても、クライシスになる人もいれば、ならない人もいる。

クライシスは、外から見て判断できる状態ではなく、本人の内側で起きている評価の変化と言えるでしょう。

 

「赤」の先にあるもの

一般的なクライシス・プランの書式では、「青・黄・赤」という区分がよく用いられます。

この枠組みにカプランのいうクライシスを重ねてみると、少し違った景色が見えてきます。

 

 

「赤」の状態は、書式には「要注意状態」と表記されることが多く、確かに注意が必要な段階ですが、まだ本人なりの対処法(コーピング)が残っている段階でもあります。

つまり、カプランのいうクライシスは、「赤」のさらに先、本人が対処法を失い「もうどうにもならない」と感じてしまった地点に、ひっそりと存在しているのではないかと、僕は考えています。

 

誠実さが生むズレ

多くの場合、「赤」そのものをクライシスとして捉えてしまうことで、支援者が先回りして判断し、介入し、本人の評価を置き去りにしてしまうことがあります。

それは決して悪意からではなく、「何とかしなければ」という看護師としての誠実さから起こることなのだと思います。

けれど、クライシスが主観的な出来事である以上、「どこからがクライシスなのか」を看護師が決めてしまうことには、慎重でありたいとも感じています。

 

変化の手前にあるもの

また、クライシスという言葉の語源には、「出来事の極めて重要で、決定的な状態で良くも悪くも変化が来なければならない点」という意味があるそうです。

それはつまり、クライシスという言葉は必ずしも悪い方向だけを指しているわけではないということです。

そう考えると、クライシス・プランは、状態が悪化したときのためのアプローチであると同時に、その人がどこへ向かおうとしているのか、何を大切に生きたいのかを支えるためのアプローチでもあるのです。

 

クライシスの捉え方と看護

言葉をどう理解しているかによって、看護の視点は、少しずつ変わっていきます。

クライシスという概念を丁寧にたどっていくことで、クライシス・プランというアプローチと看護の親和性についても、これまでとは違った感覚で捉えられるようになるのではないでしょうか。

「赤になるのを防ぐ」ことを目標にする関わりから、「本人が現在をどう評価しているのか」を共に確かめていく関わりへ。 「管理する」ことを目的とする関わりから、「どう考え、どう選ぼうとしているのか」を一緒に整理していく関わりへ。

小さな視点の違いかもしれませんが、看護の方向性に、確かに影響を与えているように感じます。

 

 

その視点は、看護師にも向けられる

クライシスが主観的な出来事であると考えると、その視点は、利用者(患者)さんだけでなく、看護師自身にも向けられていくように感じます。 日々の臨床の中で、看護師自身が追い詰められ、「もうどうにもならない」と感じる瞬間もあるかもしれません。

そんなとき、看護師が感じているその感覚もまた、カプランのいう「クライシス」に重なる部分があります。

クライシスという言葉を丁寧にたどっていくことは、利用者(患者)さんを理解するためだけでなく、看護師自身が置かれている状況を、少し違った角度から見直し、気づけるようになる手がかりにもなるのではないかと感じています。

言葉は、私たちの考え方や関わり方に、静かに影響を与えます。 臨床で日々使っている言葉の意味に立ち止まり、考えてみること。 その時間そのものが、看護の営みの一部なのかもしれません。

 

人と、自分自身と向き合うということ

このエッセイでは、クライシス・プランを中心に、看護師が人と、そして自分自身とどう向き合っていくのかという視点から言葉にしていきたいと思っています。

次回も、よければお付き合いいただけたら嬉しいです。

 

大阪市、寝屋川市、守口市、
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この記事を書いた人

中村義幸

中村 義幸

フリーランス看護師 / MIRAI訪問看護ステーション 非常勤取締役

芸術系の大学で音楽を学んだあと、看護の道へ進む。精神科急性期病棟および精神科訪問看護での勤務を経て、現在は大阪を拠点にフリーランスの看護師として、訪問看護ステーションで働く方々に向けた精神科に関する教育支援などを中心に活動している。あわせて、東京のMIRAI訪問看護ステーションにて非常勤取締役を務めている。

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