大阪市全域を訪問区域とする『訪問看護ステーションくるみ』の代表、中野誠子が綴る『社長エッセイ』第_弾!
最近は毎日本当に暑いですね。
訪問で車に乗っていると、「魚焼きグリルの魚ってこんな気持ちなんかな」と思うくらいの暑さです(笑)。
外で働いている皆さん、訪問のお仕事をされている皆さん、この暑い夏を一緒に乗り切りましょう!!
さて今回は、「人に好かれること」について、最近考えていることを書いてみようと思います。
大阪市、寝屋川市、守口市、
門真市、大東市、枚方市、吹田市、尼崎市全域対象
“精神科に特化”した
訪問看護ステーション
「くるみ」
平日・土曜・祝日 9:00〜18:00
【日曜・お盆・年末年始休み】
※訪問は20時まで
対応させていただいております。
誰にでも好かれようとすると苦しくなる
人に嫌われるのは、やっぱり気持ちのいいことではありません。
できることなら誰とでも穏やかに関わっていたいし、なるべく角を立てずに生きていたい。
わざわざ誰かに嫌われたい人なんて、きっとほとんどいないと思います。
私も昔は「できるだけ誰からも悪く思われたくない」と思っていました。
嫌われるより、わかってもらいたい。
否定されるより、認められたい。
そう思うのは、ごく自然なことだと思います。
でも、年齢を重ね、いろいろな立場で人と関わるようになってから思うのです。
全員に好かれようとすると、人は少しずつ苦しくなるのだと。
相手に嫌な思いをさせないように言葉を選ぶ。
空気を壊さないように、本当は言いたいことを飲み込む。
違和感があっても、角が立たないほうを選ぶ。
それ自体は悪いことではありません。思いやりや配慮は、人と生きていくうえで大切なものです。
でも、それが「嫌われないために自分を削ること」に変わってしまうと、少し話は違ってきます。
誰かに合わせることばかりが上手になって、自分が何を大切にしたいのかわからなくなってしまうことがあるからです。
そして最近、こんなことも思います。
私のことを嫌いな人は、たぶん私が何をしても嫌いなのだろう、と。
言い方を変えても嫌い。
少しおとなしくしても嫌い。
前に出ても嫌い。
失敗すれば「ほら見たことか」と言われ、うまくいけば、それはそれで面白くない。
結局、私がどう変わるかよりも、その人の中にある「嫌い」という感情のほうが先にあることもあるのだと思います。
昔は、そういう相手にもわかってもらいたくて、自分を変えようとしていました。
もっと言い方を変えたらいいのかな。
もっと柔らかくしたら違うのかな。
もっと相手に合わせたら、嫌われずに済むのかな。
そう考えていました。
でも、どれだけこちらが努力しても、伝え方を工夫しても、どうしても合わない人はいます。
もちろん、だからといって投げやりになりたいわけではありません。
自分に直すべきところがあるなら見直したいですし、伝え方を工夫することも大切だと思っています。
人に不快な思いをさせても平気でいる、ということとは違います。
ただ、それでもなお、こちらの努力だけではどうにもならないこともあります。
だったら、そこに自分の時間や感情を置きすぎなくてもいいのかもしれません。
大切な人に誠実でありたい
その一方で、私のことを好きでいてくれる人は、ちゃんと私を見てくれています。
うまくいっているときだけではなく、余裕がないときも、不器用なときも、少し弱っているときも含めて、それでも関わろうとしてくれる。
完璧だから好きなのではなく、ちゃんと「私」という人間を見てくれているのだと思います。
そういう人たちの存在に、私は何度も救われてきました。
だから私は、私を嫌う人に好かれるために自分を削るよりも、私を信じてくれる人、大切に思ってくれる人に誠実でいたいと思っています。
向けるべきエネルギーは、きっとそちらなのだと思うのです。
看護も経営も、誠実さが信頼につながる
看護も、経営も、人と関わる仕事です。
相手に受け入れてもらうことは大切です。
でも同時に、誰にでも好かれることを優先していたら、必要なことが言えなくなる場面もあります。
その場では嫌われるかもしれない。
誤解されるかもしれない。
それでも、守らなければならないものや、譲れないことがあります。
訪問看護の仕事は、人の弱さや痛み、そしてその人らしい生き方に触れる仕事です。
だからこそ私は、誰かを一方的に切り捨てるような関わりではなく、目の前の人を一人の人として尊重する姿勢を大切にしたいと思っています。
それは利用者さんに対しても、スタッフに対しても、そして自分自身に対しても同じです。
全員に好かれることはできなくても、目の前の人に誠実であることはできます。
誰かの期待に合わせて自分をなくすのではなく、自分が大切にしたいものを見失わずに人と向き合う。
私は、そんな関わり方をこれからも大切にしていきたいと思っています。
さいごに
人生って、全員に好かれなくてもいい。
そう思えるようになるまでには、少し時間がかかりました。
嫌われることが平気になったわけではありません。
今でも傷つくことはありますし、できればそんなことはないほうがいいと思っています。
それでも、誰かに嫌われないためだけに自分を曲げ続ける生き方は、もっとしんどい。
私のことを嫌いな人は、これからもきっといるでしょう。
でも、私を好きでいてくれる人も、信じてくれる人も、支えてくれる人もいます。
だったら私は、その人たちに恥じない自分でいたい。
ちゃんと人を大切にできる自分でいたい。
全員に好かれなくてもいい。
その代わり、目の前の大切な人に誠実であること。
そして、自分の人生まで誰かの評価に明け渡さないこと。
それが今の私にとって、少しだけ生きやすくなるための答えです。
長くなってしまいましたね。
今日はこの辺で。