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[中村エッセイ] 第14回「心のサポーター養成研修」について考えていること

中村エッセイ精神科訪問看護とは

看護師・中村がクライシス・プランの実践を軸に、看護のこと(時々それ以外も?)を自由に綴るエッセイ第14弾!

「ここサポ研修」について

皆さんは「心のサポーター養成研修(ここサポ研修)」をご存じでしょうか?

「ここサポ研修」は、厚生労働省が進めている「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム(にも包括)」の構築に向けた施策の一つで、”こころの病気”を持つ人に対して差別や偏見を持つことなく共生できる風土づくり、”こころの不調”の早期発見、サポートに役立つ知識・方法を習得することを目的としています。

僕は昨年度から「ここサポ研修」の講師を務める機会をいただいており、昨年度は11回、今年度はこの記事を書いている7月18日時点で7回のスケジュールが決まっています。

依頼があるたびに、その地域や参加される方に合わせて内容を調整しながら研修の場に立ってきましたが、気付けばこんなにも「ここサポ研修」を積み重ねてきたことに、自分自身もとても驚いています。

今回は、僕が「ここサポ研修」に対して感じていることを書いていきたいと思っています。

 

大阪市、寝屋川市、守口市、
門真市、大東市、枚方市、吹田市、尼崎市全域対象

“精神科に特化”した
訪問看護ステーション
「くるみ」

06-6105-1756 06-6105-1756

平日・土曜・祝日 9:00〜18:00 
【日曜・お盆・年末年始休み】

※訪問は20時まで
対応させていただいております。

 

診断名というフィルター

僕は「心のサポーター養成研修」を行うことに関して、精神科看護に携わってきた経験や知識を活かせることに大きなやりがいを感じています。研修を通して、地域の方々に”こころの不調”や”こころの病気”について知ってもらうことにも、大きな意味があると思っています。

しかし、それだけではないような気がしています。僕はこれまで、看護師として精神科病棟や精神科訪問看護などの現場で働くことを通して、精神疾患を抱えたことで周囲からそれまでとは違う人のように扱われてしまった人たちと多く出会ってきました。

精神疾患を抱えた本人は何もかもが変わったわけではありません。その人の生活があり、好きなものがあり、大切にしてきた人間関係があり、これからやってみたいこともあります。

なのに精神疾患の診断を受けた途端に、その人の言葉や行動が「病気だから」という見方で捉えられてしまうことがあります。悲しんでいれば症状ではないかと心配され、怒れば病気の影響ではないかと考えられることが多くなります。本人が何かを望んだとしても、その意思は置き去りにされて「それは現実的ではない」と周りに判断されてしまうことだってあります。

もちろん、周囲の人にとってはその人のことを心配している気持ちがあるからこそ、そのような反応になる場合だってあるでしょう。どう接したらよいのか分からず、慎重になっていることだってあるんでしょう。

しかし、その人を心配することとその人自身の言葉を聴かなくなることは決してイコールではないと思うのです。

 

▼「心のサポーター養成研修(ここサポ研修)」受講者向けチラシ

※出典: 厚生労働省「心のサポーター養成研修」ホームページより

 

“心は見えない、だから、聴く”

精神疾患を抱えていたとしても、その人はその人です。調子を崩すことはあったとしても、その人らしさまで失われるわけではありません。

その人らしさとは、好きなことや大切にしている価値観、これまで歩んできた人生、家族や友人との関係、その人らしい笑い方や話し方など、一人ひとりが長い時間をかけて積み重ねてきたものだと思います。診断名は、その人の状態を理解するための大切な手がかりの一つではありますが、その人自身を表すものではありません。

病気について理解することは大切です。しかし、診断名だけで目の前の人を理解したつもりになってはいけないと思います。僕たちが向き合うのは「うつ病の人」や「統合失調症の人」ではなく、目の前で生活を送り、自分なりの思いや願いを持って生きている、一人の人だからです。

「心のサポーター養成研修」で伝えているのは、精神疾患に関する専門的な知識やコミュニケーション技術ではなく、身近な人の”こころの不調”に気付いたときに、まずは声をかけること、相手の話を聴くこと、そして、必要に応じて適切な支援につなげることです。

こうして言葉にするととてもシンプルですが、目の前にいる人がいつもと違う様子を見せたとき、誰もが多かれ少なかれ戸惑うと思います。何と声をかけたらよいのか分からなくなったり、「下手なことを言って相手を傷つけてはいけない」と不安になったり、医療や福祉に携わったことのない人であれば、「専門家ではない自分が関わっても良いものなのだろうか」と感じることもあるでしょう。

そういった戸惑いを持つことそのものが悪いわけではないと思います。相手のこころは、外から見ただけでは分かりません。だからこそ、自分の中だけで答えを出すのではなく、本人に尋ね話を聴くことが必要なのだと思います。

 

対話で深める相互理解

僕は普段から、『心は見えない、だから、聴く』という「心のサポーター養成研修」のスローガンをとても大切にしています。

相手のこころを周囲の人が完全に理解することはできません。精神科の専門職でであってもそれは同じことです。だからこそ、決めつけるのではなく対話を続けることが大切なのだと思います。

看護師は日々アセスメントを行います。利用者さんや患者さんの言葉や表情、生活の様子などをもとに、「今、この人にはこんなことが起きているのではないか」と仮説を立てます。しかし、そのアセスメントを看護師の中だけで完結させてしまうと、「看護師だけが理解している状態」になってしまいます。

特に精神科の支援で大切なのは、アセスメントを本人に返していくことだと思っています。「私はこう感じたのですが、〇〇さんご自身はどう感じていますか?」「こんなふうに理解したのですが、いかがでしょうか?」といった対話を重ねることで、支援者の理解は修正され、本人も自分の状態を整理していくことがあります。

アセスメントとは、一方的に相手を評価するためのものではなく、本人と協働的に相互理解を深めていくための出発点のようなもので、それは利用者さんや患者さんを「看護される人」としてだけ見るのではなく、一人の人として向き合うことでもあるのだと、僕は考えています。

『心は見えない、だから、聴く』というスローガンは、”こころのサポーター”を目指す人だけでなく、看護師である僕たちだからこそ大切にしていきたい姿勢でもあるのではないでしょうか。

「ここサポ研修」の意味

僕は、「精神疾患を抱えたことで周囲から別の人間のように扱われる人」を減らしたいと思っています。本人の言葉やその人らしさが、診断名よりも先に扱われることが当たり前になっていったらいいなと、常々感じます。

思っていることをこうして言葉にすると、なぜ自分が「心のサポーター養成研修」を繰り返し行ってきたのかが少しわかった気がしました。

僕は、精神疾患について詳しい人を増やしたいだけではなく、目の前の人に何が起きているのかを想像しようとする人、わからないことをわからないままにせずその人に尋ねられる人、病気や障害の名前よりも先にその人自身の言葉を聴こうとする人、そうした人を地域の中に少しずつ増やしていきたいのだと思います。

専門職だけで支えられる人の数には限りがあります。しかし、職場や学校、家庭、地域の中に、変化に気づいて声をかけてられる人や否定せずに話を聴くことができる人が一人でもいるだけで、その人の孤立は少しマシになるかもしれません。

もちろん一回の研修で社会が大きく変わるわけではないですし、「ここサポ研修」を受けたからといって翌日から誰かを完璧に支えられるわけでもありません。それでも、”こころの不調”を抱えた誰かに出会ったとき、前よりちょっとだけ立ち止まってその人の話を聴こうと思ってもらえたなら、それだけで意味があるのではないかと思うのです。

 

この記事を書いた人

中村義幸

中村 義幸

フリーランス看護師 / MIRAI訪問看護ステーション 非常勤取締役

芸術系の大学で音楽を学んだあと、看護の道へ進む。精神科急性期病棟および精神科訪問看護での勤務を経て、現在は大阪を拠点にフリーランスの看護師として、訪問看護ステーションで働く方々に向けた精神科に関する教育支援などを中心に活動している。あわせて、東京のMIRAI訪問看護ステーションにて非常勤取締役を務めている。

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