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[中村エッセイ] 第12回 泉山亮太と、函館に置いてきた夏

中村エッセイ精神科訪問看護とは

看護師・中村がクライシス・プランの実践を軸に、看護のこと(時々それ以外も?)を自由に綴るエッセイ第12弾!

海が見える町

僕の故郷である北海道函館には、泉山亮太さんという不思議な魅力を放つミュージシャンがいます。

看護学生時代や、看護師として病棟で働き始めた頃、僕はよく泉山さんの路上ライブに足を運んでいました。

特に、まだ新人看護師だった時期には、どれだけ仕事が忙しくてもどれだけ精神的に追い詰められていても、深夜の五稜郭の交差点に足繁く通っていた記憶があります。

函館を離れてだいぶ経った今でも、CDやサブスク、YouTubeなどで、ずっと泉山さんの楽曲を聴き続けています。

今回は、函館という街と泉山亮太さんの音楽について、僕自身の思い出も交えながらお話ししたいと思います。

 

大阪市、寝屋川市、守口市、
門真市、大東市、枚方市、吹田市、尼崎市全域対象

“精神科に特化”した
訪問看護ステーション
「くるみ」

06-6105-1756 06-6105-1756

平日・土曜・祝日 9:00〜18:00 
【日曜・お盆・年末年始休み】

※訪問は20時まで
対応させていただいております。

 

軽トラックとオニヤンマ

泉山亮太さんは、函館のライブハウスや弾き語りなどの音楽シーンを長く支えてきたシンガーソングライターの一人で、「童夏」というバンドのボーカリストでもあります。

僕が知る限りでは、2010年代前半から少なくとも十年以上活動されており、継続的に函館のイベントやフェスに出演しています。

泉山さんに対して、僕はまず、函館のローカルシーンの象徴的な存在という印象があります。

メジャー感というより、「街の空気」と一緒に鳴っているタイプのミュージシャン。

函館独特の寂しさと温かさ、それが楽曲にも滲んでいるというか。

 

 

「軽トラックとオニヤンマ」「夏の背中」「夕暮るエレジー」

曲名を並べるだけで、泉山さんの世界観が伝わってくるのではないでしょうか。

特に「軽トラックとオニヤンマ」なんて、東京や大阪のミュージシャンだったら絶対に出てこないタイトルだと思います。

「夏の背中」も、夏そのものじゃなく、急ぎ足で去っていく夏を見送る視線みたいなのが、なんだか函館らしいなと思ったり。

 

むげんのギター

函館というと、異国情緒あふれるおしゃれな港町を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、そこで生まれ育った僕にとっては、長い冬の寒さや、あっという間に過ぎ去る夏、どこか行き場のない閉塞感や孤独感が染み込んだ街でもあります。

泉山さんの曲には、そんな函館の風景や潮の匂い、短い夏の空気、そしてその奥にある孤独までもが、そのまま封じ込められているように感じます。

コード一つひとつの響き、リズムの緩急、歌詞の言葉選びやメロディの運び方、そのどれを取っても、まるで夏の一瞬を切り取ったような清涼感があり、どこか光と影をまとっているのです。

アコースティックギターは時に荒々しく掻き鳴らされますが、それがかえってパーカッシブな躍動感となり、若々しく瑞々しいエネルギーを生み出しています。

メロディは、半音の揺らぎを含みながらどこか不安定に浮遊しているのに、決して爽やかさを失わない。

そういった相反する要素が同居しているところに、泉山さんにしかない音楽の魅力があります。

 

 

しかし、それ以上に心を惹かれるのは、泉山さんが函館で積み重ねてきた人生そのものが楽曲の隅々から滲み出ていることです。

泉山さんの音楽の中には、いつも夏がありますが、その夏は決して戻ることのない夏でもあります。

だから僕は、曲を聴くたびに、否が応でも走り去っていく夏に置き去りにされたままの自分と再会し、謳歌しきれなかった青春を何度も追体験しているような、そんな気持ちになるのです。

 

夕暮るエレジー

路上ライブには、音源やライブハウスなどとはまた違った魅力があります。

特に函館の路上には、独特の空気があるように感じるのです。

夜の五稜郭の賑わい、夏の夕方の風、頬を刺すような雪の冷たさ、赤レンガ倉庫を行き交う観光客の声、磯の香り、そうした風景や音や温度までもが、音楽と混ざり合い、一つの作品として記憶に刻まれていくのだと思います。

僕が特に好きなのは、「夕暮るエレジー」という曲です。

「夕暮れ」ではなく、「夕暮る」。

文法的に少し不思議な言葉なのに、ちゃんと意味は伝わってきます。

夕方が訪れるというよりも、世界そのものがゆっくりと夕暮れになっていくような感覚。

そんな言葉の響き自体に、泉山さんの音楽の魅力も表れているような気がします。

 

 

泉山さんはいつも、「生きることの切なさ」のようなものを、音楽を通してそっと置いていきます。

海、シャボン玉、ジンジャーエール、扇風機、夕暮れ、そんな誰もが知っているありふれた風景の中に、どうしようもない寂しさや愛おしさがあることを歌うのです。

そして不思議なのは、その音楽が何年経っても色褪せずに残り続けることです。

まるで、あの頃の自分が今も曲の中で生き続けているかのように。

「夕暮るエレジー」を聴くと、曲そのものだけではなく、その頃の空気や匂い、その時の自分、そして当時の函館という街までもが、一緒に蘇ってくるのです。

 

フラッシュバック・メロディー・ララ

函館にいた頃の僕は、とにかく函館を出たくて仕方がありませんでした。

それなのに今、泉山さんの曲を聴き、函館で暮らしたことのある人だけが知っているあの街の空気に触れ、まるで函館にいた頃の自分に会いに行くような感覚になるのです。

そして不思議なことに、「あの頃の自分も、まぁまぁよくやっていたんじゃないかな」と思える瞬間があります。

今現在の自分もまた、将来の自分が振り返る対象になっていくのだと思います。

泉山さんの曲が教えてくれるのは、そういうことなのかもしれません。

青春はただ過ぎ去ったものではなく、音楽の中にそのまま保管されていて、ふとした時に再生できるものでもあるのだと、泉山さんの曲を聞くと感じることがあります。

これからも僕は、泉山さんの音楽を聴きながら生きていくのでしょう。

気がつけば、今年も本格的な夏はすぐそこまで近づいています。

 

この記事を書いた人

中村義幸

中村 義幸

フリーランス看護師 / MIRAI訪問看護ステーション 非常勤取締役

芸術系の大学で音楽を学んだあと、看護の道へ進む。精神科急性期病棟および精神科訪問看護での勤務を経て、現在は大阪を拠点にフリーランスの看護師として、訪問看護ステーションで働く方々に向けた精神科に関する教育支援などを中心に活動している。あわせて、東京のMIRAI訪問看護ステーションにて非常勤取締役を務めている。

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