こんにちは。株式会社Make Careの代表取締役CEOであり、訪問看護ステーションくるみでマーケティングを担当している石森寛隆です。
XではHEROと名乗っていますので、もしよろしければフォローください。
早速ですが、僕には、バイブルのように大切にしている文章があります。
その文章を読むたびに、経営者としての自分の未熟さや、仕事に向き合う姿勢を考えさせられます。
今回は、その文章への敬意を込めて、僕自身が訪問看護を経営してはじめてわかったことを、少しオマージュのような形で書いてみたいと思います。
ご存知の通り、僕はもともと看護師ではありません。
医療資格もありません。
だから最初は、訪問看護というものを、どこか外側から見ていました。
「看護師さんが利用者さんの家に行って、必要なケアをする仕事」
たぶん、多くの人はそんな感じで理解していると思います。
僕も最初はそうでした。
でも実際に経営してみると、全然違いました。
訪問看護は、単に家に行く仕事ではありません。
医療でもあり、福祉でもあり、生活支援でもあり、制度産業でもあり、採用業でもあり、教育業でもあり、広報業でもあり、そして何より、人間というとても複雑な存在と向き合い続ける仕事でした。
しかも精神科訪問看護となると、なおさらです。
病気を見るだけでは足りません。
生活を見るだけでも足りません。
本人の希望。
家族の不安。
主治医の方針。
相談支援。
行政。
学校。
職場。
薬。
お金。
孤独。
怒り。
諦め。
そして、ちょっとした回復の兆し。
そういうものが、全部ごちゃごちゃになって目の前に現れます。
今回は、僕が訪問看護を経営する前に思っていたことと、実際にやってみてわかったことを並べて書いてみます。
大阪市、寝屋川市、守口市、
門真市、大東市、枚方市、吹田市、尼崎市全域対象
“精神科に特化”した
訪問看護ステーション
「くるみ」
平日・土曜・祝日 9:00〜18:00
【日曜・お盆・年末年始休み】
※訪問は20時まで
対応させていただいております。
経営前「良い看護をしていれば利用者さんは増える」
経営後「んなわけない」
良い看護をしていれば、自然と利用者さんは増える。
最初は、どこかでそう思っていました。
でも、そんな単純な話ではありませんでした。
どれだけ良いケアをしていても、地域の人が知らなければ、存在しないのと同じです。
病院も、クリニックも、相談支援も、行政も、家族も、本人も。
知らないものは選べません。
訪問看護は、良いことをしているだけでは届きません。
「うちはこういう人に、こういう支援ができます」
「こういうときに相談してください」
「ここまではできます。ここから先は他職種と組みます」
これを、しつこいくらい伝え続ける必要があります。
しかも、ただ宣伝すればいいわけではありません。
医療・福祉の世界で雑な宣伝をすると、すぐに胡散臭くなります。
だから難しい。
ちゃんと実力があり、ちゃんと伝え方を持ち、ちゃんと信用を積み上げる。
この3つが揃って、ようやく選ばれます。
良い看護は前提です。
差別化ではありません。
ここを勘違いすると、経営はたぶん詰みます。
経営前「看護師は求人を出せば採れる」
経営後「んなわけない」
求人を出せば人は来る。
これも、外側から見ているとそう思いやすいです。
でも、実際は全然違います。
特に精神科訪問看護に来てくれる看護師さんは、単に給料だけで動いていません。
もちろん給料は大事です。
めちゃくちゃ大事です。
でも、それだけでは来ません。
「この会社は何を目指しているのか」
「自分はここで成長できるのか」
「自分の看護が雑に消費されないか」
「ちゃんと守ってもらえるのか」
「現場のしんどさを経営がわかっているのか」
見られているのは、そこです。
看護師の採用が難しいのは、看護師不足だからだけではありません。
看護師側も、かなり見ています。
理念が薄い会社。
教育が弱い会社。
現場を守れない会社。
管理者だけが頑張って燃え尽きている会社。
そういう会社は、いくら求人広告を出しても、結局は選ばれません。
採用とは、人を集める作業ではありません。
「この船に乗ってもいい」と思ってもらう仕事なのだと思います。
経営前「訪問看護は看護師の仕事だ」
経営後「会社全体でやらないと崩れる」
訪問看護は、看護師が訪問する仕事。
これは間違っていません。
でも、経営してみると、看護師だけでは絶対に回らないことがわかります。
電話を受ける人がいる。
請求を整える人がいる。
契約を進める人がいる。
指示書を追う人がいる。
記録を確認する人がいる。
採用する人がいる。
広報する人がいる。
制度を読む人がいる。
トラブルの火消しをする人がいる。
このどれかが崩れると、現場に負担が落ちます。
現場の看護師に「利用者さんのために」と言いながら、実際には制度確認も、電話対応も、営業も、請求も、クレーム対応も、採用協力も、全部背負わせている会社は少なくありません。
それは、もはやケアではなく根性論です。
訪問看護は、看護師が主役です。
ただし、看護師だけで成立する仕事ではありません。
看護師が看護に集中できるように、会社がどれだけ雑務と構造を引き受けられるか。
経営の値打ちは、かなりそこに出ると思っています。
経営前「制度を覚えればなんとかなる」
経営後「制度は覚えるものではなく、読み続けるもの」
訪問看護は制度産業です。
医療保険。
介護保険。
精神科訪問看護。
自立支援医療。
障害福祉。
相談支援。
加算。
指示書。
同一建物。
特別管理。
機能強化型。
医療DX。
情報連携。
最初は、制度を覚えればいいと思っていました。
でも違いました。
制度は、覚えた瞬間に古くなります。
そして、制度は文章だけ読んでもわかりません。
なぜそのルールがあるのか。
どの不正を防ぎたいのか。
どの現場負担を前提にしているのか。
行政はどこを見ているのか。
審査側は何を嫌がるのか。
そこまで読まないと、実務に落ちません。
しかも怖いのは、制度を知らない会社ほど、なぜか強気なことです。
「前からこうしてます」
「他の事業所もやってます」
「指摘されたことないです」
この3つは、だいたい危ない。
制度を守るというのは、ビビることではありません。
ビビらず攻めるために、制度を読むのです。
ここを外すと、現場も会社も守れません。
経営前「精神科訪問看護は退院後の受け皿だ」
経営後「それだけだと小さい」
精神科訪問看護は、退院後の生活を支えるもの。
もちろん、それは大事です。
でも、そこだけで考えると、たぶん小さい。
精神科訪問看護の本当の価値は、病院の外にある人生を支えることだと思っています。
薬が飲めるようになる。
生活リズムが整う。
再入院を防ぐ。
家族の負担を減らす。
それも大事です。
でも、その先があります。
働きたい。
学校に行きたい。
人と関わりたい。
恋愛したい。
親から離れたい。
趣味を取り戻したい。
自分の人生を、病名だけで説明されたくない。
ここに向き合えない精神科訪問看護は、どこかで限界が来ます。
回復をゴールにすると、支援はそこで止まります。
でも、回復の先に活躍があると考えると、訪問看護の役割は一気に広がります。
僕は、精神科訪問看護は社会保障費を使うだけの仕事ではないと思っています。
むしろ、ちゃんとやれば社会保障費を減らせる仕事だと思っています。
入院が減る。
救急が減る。
薬が整理される。
家族が働ける。
本人が働ける。
孤立が減る。
これは綺麗ごとではなく、設計の話です。
訪問看護は、医療費を消費する仕事ではありません。
人が社会に戻っていくためのインフラになれる。
そこまでやって、ようやく面白い。
経営前「理念はきれいごとだ」
経営後「理念がないと、ただの保険請求業者になる」
理念なんて、最初は少し照れくさいものです。
「こころのかたちに気付けるケアを」
こういう言葉も、外から見ればきれいごとに見えるかもしれません。
でも、経営してみるとわかります。
理念がない会社は、判断が全部ブレます。
儲かるからやる。
楽だからやる。
揉めそうだから避ける。
面倒だから断る。
請求できるから入る。
請求できないから関わらない。
そういう会社は、短期的には強いかもしれません。
でも、だんだん何の会社かわからなくなります。
訪問看護は、制度上は保険請求で成り立っています。
だからこそ危ない。
気を抜くと、利用者さんの暮らしではなく、単位と加算ばかりを見るようになります。
理念は、飾りではありません。
判断基準です。
どの利用者さんを受けるのか。
どの職員を採用するのか。
どの連携先と組むのか。
何を断るのか。
何に怒るのか。
どこまで背負うのか。
全部、理念がないと決められません。
理念がない訪問看護は、保険制度に乗った便利屋になります。
それは、たぶん長くは続きません。
経営前「売上は大きいほどいい」
経営後「売上は、守れる範囲で大きくしないと壊れる」
売上は大事です。
これはもう、きれいごとではありません。
売上がなければ給料は払えません。
教育もできません。
採用もできません。
良い人を守れません。
新しい挑戦もできません。
だから、売上は必要です。
でも、訪問看護の売上は、雑に増やすと壊れます。
利用者さんを増やす。
訪問件数を増やす。
看護師を増やす。
エリアを広げる。
サテライトを作る。
M&Aをする。
全部、正しい。
でも全部、危ない。
なぜなら、訪問看護の売上は、人の時間と感情でできているからです。
件数を増やせば、移動が増えます。
利用者さんが増えれば、電話が増えます。
重いケースが増えれば、判断が増えます。
職員が増えれば、教育とマネジメントが増えます。
売上だけ見ていると、この負荷が見えなくなります。
だから、売上は目的ではありません。
ケアを続けるための体力です。
体力がない会社は、良いことを言っても続きません。
でも、体力だけある会社は、たいてい乱暴になります。
理念と利益のどちらかではありません。
理念を続けるために利益がいる。
ここを間違えると、訪問看護はすぐにおかしくなります。
経営前「地域連携は挨拶回りだ」
経営後「地域連携は信用の積立である」
地域連携という言葉は、便利です。
便利すぎて、だいたい薄くなります。
病院に挨拶する。
クリニックに資料を持っていく。
相談支援に顔を出す。
行政と名刺交換する。
もちろん、それも必要です。
でも、それだけでは連携ではありません。
本当の連携は、面倒なときに出ます。
急な相談に返す。
断るときも理由を伝える。
受けた以上は逃げない。
トラブルを個人のせいにしない。
紹介元の顔を潰さない。
困ったときに一緒に考える。
無理なものは無理と言う。
この積み重ねが信用になります。
地域連携は、仲良しごっこではありません。
信用の貸し借りです。
信用があると、少し難しいケースでも相談が来ます。
信用がないと、簡単なケースすら来ません。
だから連携は営業ではありません。
経営そのものだと思っています。
経営前「社長は現場から少し離れて見るべきだ」
経営後「離れてもいいが、責任からは離れられない」
社長が全部の現場に口を出すと、会社は大きくなりません。
これはたぶん正しい。
でも、だからといって現場を知らなくていいわけではありません。
利用者さんに何が起きているのか。
職員がどこで疲れているのか。
管理者が何に詰まっているのか。
請求がどこで危ないのか。
採用で何を見誤っているのか。
SNSでどう見られているのか。
これを知らない社長は、たぶん怖い。
現場に入りすぎると邪魔になります。
現場から離れすぎると裸の王様になります。
この距離感が難しい。
社長は、現場の代わりに訪問する人ではありません。
でも、現場で起きたことの最終責任者ではあります。
職員が傷ついたとき。
利用者さんと揉めたとき。
制度判断が割れたとき。
お金が足りないとき。
採用がうまくいかないとき。
誰かが辞めるとき。
最後に逃げない人間が必要になります。
それが社長なのだと思います。
カッコいい仕事ではありません。
だいたい泥臭い。
たまに理不尽。
普通に胃が痛い。
でも、そこで逃げたら会社ではなくなります。
経営前「訪問看護の敵は競合だ」
経営後「最大の敵は、慣れと正しさへの酔いだ」
競合はいます。
同じ地域に訪問看護ステーションはたくさんあります。
精神科訪問看護も増えています。
大手もいます。
多店舗展開している会社もあります。
営業が強い会社もあります。
でも、実際にやってみると、競合そのものはそこまで怖くありません。
一番怖いのは、自分たちが慣れることです。
利用者さんが増える。
売上が増える。
職員が増える。
取材される。
評価される。
「くるみさんなら」と言われる。
そうなると、気持ちよくなります。
これが危ない。
自分たちは正しい。
自分たちは良いことをしている。
自分たちは他とは違う。
自分たちはわかっている。
そう思い始めた瞬間に、たぶんズレます。
精神科訪問看護は、正義感と相性が悪い。
正義感があること自体はいい。
でも、正義に酔うと、相手が見えなくなります。
利用者さんのため。
地域のため。
社会保障費のため。
精神科医療のため。
言葉が大きくなるほど、目の前の一人を雑に扱いやすくなります。
だから、常に怖がっていた方がいい。
本当にその人の話を聞けているのか。
支援者側の都合を押し付けていないか。
制度の都合を、本人の問題にすり替えていないか。
会社の成長を、現場の美談でごまかしていないか。
最大の敵は競合ではありません。
自分たちの中にある慣れです。
それでも、訪問看護には可能性がある
それでも僕は、訪問看護という仕事にかなり可能性を感じています。
というより、精神科訪問看護はもっと社会の中心に来ていいと思っています。
病院に行く前の人。
退院した後の人。
働きたいけど動けない人。
家族だけでは支えきれない人。
学校に行けない子ども。
医療にはつながっているけど、生活が崩れている人。
制度の隙間で、静かにしんどくなっている人。
そういう人たちに、訪問看護は届けることができます。
しかも、ただ支えるだけではありません。
その人がもう一度、自分の人生を取り戻していくところまで関われます。
これは、かなりすごい仕事だと思います。
もちろん簡単ではありません。
制度はややこしい。
採用は難しい。
現場は疲れる。
お金はかかる。
クレームもある。
事故もある。
行政対応もある。
人は辞める。
思ったようには進まない。
でも、それでもやる価値があります。
訪問看護は、単なる医療サービスではありません。
地域のインフラであり、社会保障の再設計であり、本人の人生にもう一度余白を作る仕事です。
だから僕は、くるみを大きくしたい。
ただ大きくしたいわけではありません。
売上を作りたいだけでもありません。
有名になりたいだけでもありません。
こころのかたちに気付けるケアを、もっと広い範囲に届けたい。
回復をゴールにせず、活躍がスタートになる精神看護を作りたい。
そして、ちゃんと結果として社会保険料の削減にもつなげたい。
たぶん、こんなことを言うと大げさに聞こえます。
でも、大げさなくらいでちょうどいい。
小さい夢では、人はしんどい現場を越えられません。
訪問看護は、まだまだ伸びる。
精神科訪問看護は、もっと社会に必要とされる。
問題は、それを誰が本気でやるのか、ということです。
僕は、くるみでそれをやりたい。
うちなーぐちで言うなら、なんくるないさ、ではありません。
なんとかするさ、です。
そのために今日も、求人を直し、制度を読み、現場の声を聞き、資金繰りを見て、連携先に頭を下げ、SNSを書き、未来の話をします。
訪問看護の経営は、全然スマートではありません。
でも、面白い。
たぶん僕は、この面倒くささに賭けています。
