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【専務エッセイ】Vol.86 人には感情のテリトリーがあって、その広さは毎日同じではない

公開/更新 くるみの社長エッセイハムさんシリーズ精神科訪問看護とは

大阪市全域を訪問区域とする『訪問看護ステーションくるみ』の代表、濱脇直行が綴る『専務エッセイ』第86弾!

 

訪問していると、「今日はよく話すなあ」と思う日もあれば、
「今日はなんとなく言葉が少ないなあ」と感じる日もあります。

昨日までは普通に話していた人が、今日は少し静かだったりする。
逆に、普段はあまり話さない人が、今日はものすごい勢いで話してくれることもあります。

そんなことを柄にもなく考えながら、今日も頑張っています。

こんにちは、専務の濱脇です。

今回のテーマは、そんなお話です。

ごゆるりとどうぞ。

 

大阪市、寝屋川市、守口市、
門真市、大東市、枚方市、吹田市、尼崎市全域対象

“精神科に特化”した
訪問看護ステーション
「くるみ」

06-6105-1756 06-6105-1756

平日・土曜・祝日 9:00〜18:00 
【日曜・お盆・年末年始休み】

※訪問は20時まで
対応させていただいております。

 

人には「感情のテリトリー」がある

私は、人にはそれぞれ「感情のテリトリー」みたいなものがあると思っています。

「今日はここまでなら、人に入ってきてもらっても大丈夫」
「今日はあまり入ってきてほしくない」
「今日は誰かに話を聞いてほしい」

その広さって、毎日同じじゃないと思うんですよね。

例えば、眠れていなかったり、体調が悪かったり、家族と何かあったり。
理由がはっきりしているときもあれば、なんとなく人と話したくない日もあります。

私たち看護師って、訪問すると、
「話を聞かないといけない」「何か確認しないといけない」と思ってしまうことがあります。

特に沈黙が続くと、「何か話さないと」と焦ってしまうこともあります。

でも、その沈黙自体が、その日のその人を表していることもあると思うんです。

ほんまに話すことがないのかもしれない。
うまく言葉にできないのかもしれない。
今日はそこまで人に入ってきてほしくないのかもしれない。

だから、なんでも無理に話してもらえばいいってことでもない。
少し違う話題を出すこともあれば、あえて深く聞かず、本人が話し始めるまで待つこともあります。

どれが正解かは、その日によって違いますよね。

看護師は話をしながら、表情、声のトーン、話すスピードや熱量、身なり、自宅の環境、食事や睡眠、薬の内服状況、生活のリズム、人間関係や最近の出来事なんかも見ています。

血圧や体温、その人の病状特有の変化も見ています。

だから、「特に変わりありませんでした」と聞くと、私はときどき思うんですよね。

「一体、どの部分が変わらなかったんやろう……」って。

もちろん、変わらないことがいいときだってあります。
生活リズムが整い、症状も落ち着いていて、その状態を維持できているなら、「変わっていない」ということは大切です。

でも、逆もありますよね。

生活リズムが整わない。
しんどい状態が続いている。
ほんまはこうしたいけど、一歩が出ない。

それがずっと変わらないのであれば、
「変わってないからよかったですね」とはならないと思うんです。

「このままで大丈夫なんかな」と感じることだって、当然あります。

結局、変化がないという事実だけでは、良いのか悪いのかはわかりません。
その人が今どんな状態で、これからどんな生活をしていきたいのか。

そこまで見て、初めて、その人にとっての「変わらない」という意味がわかってくるんじゃないかなと思います。

 


看護師にも感情がある。でも、感情だけでは支援しない

そして、人間が人間を見ているわけですから、看護師にも当然感情があります。
「よかったなあ」と思うこともあれば、心配になることもある。
それ自体は悪いことではないと思っています。

でも、その感情に流されてしまうのは違うと思うんですよね。

心配だから全部やってあげる。
変わってほしいから何度も働きかける。
本人が求めてくれるから、どんどん近い関係になっていく。

一見、親切な支援にも見えます。
でも、ほんまにそれがその人に必要な支援なのかは、考え続けないといけないと思います。

精神疾患やその人自身の特性、これまでの人間関係などによっては、人との距離感をうまく保つことが難しい人もいます。
もちろん、みんながそうという話ではありません。
ただ、看護師との距離感を自分だけではうまく調整できない人がいるということは、看護師側が知っておかないといけないと思うんですよね。

近くなりすぎることで、「この看護師じゃないとダメ」という状態になったり、依存につながったりすることもあります。
逆に、急に距離を取ると拒絶されたように感じ、関係が崩れることもあると思います。
だからこそ、距離感を調整することも看護師の大切な仕事なんじゃないかなと思います。

必要なときには近づく。
待ったほうがいいときには待つ。
本人ができることが増えたら、差し出していた手を少しずつ離していく。
付かず離れずの距離を、その人に合わせて作っていく。

そういうことなんでしょうね。
そのためにも、支援に迷ったときは、くるみのMVVに立ち返ることが大切だと思っています。

看護師には、それぞれの経験や看護観があります。

でも、自分がこうしたいからこうするのではなく、
「この人にとって何が必要なのか」「くるみとして何を大切にしているのか」を考えながら、支援を組み立てていくことが必要だと思います。

 


「みる」って、ひとつじゃない

そして、人を見るっていうことも、一つの見方だけでは足りないんじゃないかなと思います。
「みる」って言葉、ありますよね。

人を対象にするとき、
「見る」
「観る」
「視る」
「看る」
「診る」
「覧る」
……こんなに考えられるだけでも、いろいろあるんですよね。

別に、漢字の正しい使い分けを言いたいわけではないですよ?

つまりね、変化を観察し、必要なところに視点を向けることもある。
看護としてそばにいることもあるし、医療的に状態を診ることもある。

時には少し引いたところから、その人の生活全体を眺めてみることも必要ですよね。

一人の人を、いろいろな角度から見ていく。
それが大切なんだと思います。
昨日より声が少し小さい。
今日は話すスピードが速い。
部屋の様子が少し違う。
最近よく話していたことを、今日は話さない。

そんな小さなことから、本人も気づいていなかった変化が見えてくることがあります。
逆に、「気づいていても、今日は触れないほうがいいな」って思う日もあります。

聞かないっていうことと、見ていないっていうことは違います。
人には、感情のテリトリーがあります。

そして、その広さは毎日同じではありません。
今日はどこまで近づいていいのか。
どこまで聞いていいのか。
少し距離を取ったほうがいいのか。
その人の状態を見ながら、調整していく。
変わらないことがいい日もあれば、変わらないことが心配な日もあります。

だから、「今日も特に変わりなし」の一言だけで終わらせるんじゃなくて、
「その“変わらない”って、どういうことなんやろう」って考えてみる。

少し先の生活まで考えながら、その人の本質にゆっくり近づいていく。
私は、それも精神科訪問看護の大切な役割なんじゃないかなと思っています。

 


さいごに

人には、その日の状態や気持ちによって、人に入ってきてほしい範囲がある。
それは毎日同じではありません。

だからこそ、私たち看護師も「今日はどうかな?」とその日のその人を見ていく必要があるんだと思います。

近づくことだけが支援じゃない。
話を聞くことだけが支援でもない。

時には待つことも、少し距離を取ることも、その人を「みる」ことなのかもしれません。

そして、看護師自身の感情も大切にしながら、それに振り回されず、その人にとって必要な支援を考え続ける。
そんな看護師でありたいなと思います。

では、今日はこの辺で。

この記事を書いた人

濱𦚰直行

株式会社Make Care 専務取締役COO

濱𦚰 直行

看護師

オペ看護師としての豊富な経験を活かし、精神科訪問看護の現場へ。地域密着型のケアと現場主義を貫く実践派。石森・中野とともに株式会社Make Careを創業し、現在は訪問看護ステーションくるみの統括責任者として、現場支援と組織運営の両立に挑んでいる。

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