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【社長エッセイ】Vol.87 自由には責任がともなう 〜その発信は誰のため?〜

公開/更新 くるみの社長エッセイ精神科訪問看護とは誠子さんシリーズ

大阪市全域を訪問区域とする『訪問看護ステーションくるみ』の代表、中野誠子が綴る『社長エッセイ』第87弾!

 

SNSを開けば、日常の出来事や仕事の様子、誰かと過ごした時間など、さまざまな情報が流れてきます。

自分の考えを発信することも、楽しかった出来事を共有することも、誰かに自分を知ってもらうことも、今では特別なことではありません。

自分自身のことを発信したり、発信することに同意している友達との写真を載せたりすること。
それ自体を否定するつもりはありません。

自由に発信できることは、SNSの大きな特徴です。

しかし最近、千葉の看護師に関する件や医誠会総合病院の件など、看護師のSNS発信が社会的な問題として取り上げられる出来事が続いています。
こうした出来事を見るたびに、「自分のSNSだから自由」という考え方で、本当にいいのだろうか、と考えます。

何を考えて発信したのか。何を伝えたかったのか。承認されたいという気持ちがあったのか。

本人の思いは、本人にしかわかりません。

ただ、どんな思いで発信したとしても、その発信によって生じる影響まで、自分の思いどおりにできるわけではありません。

自由に発信することと、発信したことに責任を持つこと。
この二つは、切り離して考えられるものではないと思うのです。

 

大阪市、寝屋川市、守口市、
門真市、大東市、枚方市、吹田市、尼崎市全域対象

“精神科に特化”した
訪問看護ステーション
「くるみ」

06-6105-1756 06-6105-1756

平日・土曜・祝日 9:00〜18:00 
【日曜・お盆・年末年始休み】

※訪問は20時まで
対応させていただいております。

 

自分の自由と、相手の権利は別のもの

“自分のSNSだから、何を発信してもいい”

そう考える人もいるかもしれません。

けれど、自分のアカウントであっても、発信する内容に自分以外の人が関わるのであれば、話は変わってきます。

自分は載せたいと思っていても、相手はどうでしょうか。

自分にとっては何気ない写真でも、相手にとっては知られたくない姿かもしれません。
自分にとっては面白い出来事でも、相手にとっては笑い事ではないかもしれません。

もちろん、発信することに同意している友達との写真を載せることまで、問題だと言いたいわけではありません。

大切なのは、自分が発信したいかどうかだけでなく、そこに関わる相手の気持ちや権利も考えられているかということです。

そして、これは看護師という仕事において、さらに慎重に考えなければならない問題だと思います。

 


患者さんは、自分の発信のために存在しているわけではない

私が特に考えてほしいのは、患者さんや利用者さんをSNSに載せることについてです。

患者さんをSNSに載せることに何も感じなくなっているのであれば、一度立ち止まって考えてほしい。

私たち看護師にとって、患者さんと関わる時間は日常です。
けれど、私たちにとっての日常が、患者さんにとっても同じとは限りません。

病気によって生活が変わったこと。
自分ではできないことが増えたこと。
人の手を借りなければ生活できないこと。
誰かに見られたくない姿を見せなければならないこと。

患者さんには、それぞれの生活があり、感情があり、守られるべき尊厳があります。

私たちが何気なく見ている姿の中にも、その人にとって大切なプライバシーが存在しています。
それを、発信する側の都合で扱っていいのでしょうか。

発信する側には、なんらかの伝えたい思いがあるのかもしれません。

実際、医療や看護の仕事を知ってもらうことには意義があります。
医療的ケア児や障害のある人たちの生活を知ってもらうことが、理解や支援につながる場合もあります。

だからこそ、私は、患者さんに関わる情報をすべて発信してはいけないと単純に考えているわけではありません。

考えるべきなのは、誰のための発信なのか、何のために発信するのか、そして何を守らなければならないのかということです。

患者さんのためだと思っている発信が、いつの間にか、自分が認められるための発信になっていないでしょうか。

患者さんの姿を通して、自分の仕事ぶりを評価してもらおうとしていないでしょうか。

自分が伝えたいことを優先するあまり、患者さん自身の気持ちが置き去りになっていないでしょうか。

一度、自分に問いかけてほしいのです。

 


慣れは、感覚を鈍らせる

最初は抵抗があったことでも、何度も繰り返しているうちに、何も感じなくなることがあります。

周囲も同じようにしている。
以前も問題にならなかった。
本人や家族も喜んでくれた。
誰からも注意されなかった。

そうした経験が積み重なることで、自分の行動を疑問に思わなくなることがあります。

今まで問題にならなかったからといって、これからも問題にならないとは限りません。

日々のケアでも、記録でも、患者さんとの関わりでも同じです。

自分では適切だと思っていることでも、一歩離れて考えると、別の見方ができることがあります。

だからこそ、立ち止まることが必要なのです。

もうひとつ、考えてほしいことがあります。

それは、一人の看護師の発信が、看護師全体への評価につながってしまうことです。

世間の人が、すべての看護師の仕事や考え方を知っているわけではありません。
SNSで目にした出来事から、「また看護師か」と感じる人もいるでしょう。

もちろん、一人の行動だけで看護師全体を評価することが正しいわけではありません。

毎日、患者さんのために悩み、考え、責任を持って働いている看護師はたくさんいます。
患者さんの小さな変化を見逃さないように観察し、ご家族の不安に耳を傾け、どうすればその人らしい生活を支えられるのかを考え続けている人たちがいます。

私は、そうした看護師をたくさん知っています。
だからこそ、一人の行動によって、看護師という仕事そのものへの信頼が揺らいでしまうことを残念に思います。

信頼は、一日で築けるものではありません。
日々の小さな関わりを積み重ね、約束を守り、相手を尊重し、責任ある行動を続けることで、少しずつ築かれていくものです。

一方で、信頼が失われるときは、あっという間です。
そして、その信頼を取り戻すために努力するのは、問題を起こした本人だけではありません。

 


さいごに

私は、SNSを使うこと自体が悪いとは思っていません。
自分の思いを伝えることも、仕事について発信することも、社会に問題提起をすることも、大切なことです。

ただ、自由に発信できることと、何をしても許されることは違います。

自分の権利を主張するのであれば、その行動によって生じる影響にも目を向けなければなりません。

その発信は、誰のためのものなのか。
その行動によって、誰が守られ、誰が傷つく可能性があるのか。
自分が発信したいという気持ちを優先する前に、考えてほしいのです。

自由には責任がともなう。

これは、誰かを縛るための言葉ではありません。
自分の自由を大切にするのと同じように、相手の尊厳や権利も大切にするための言葉だと、私は思います。

看護師である前に、一人の人間として。
そして、看護師という専門職に携わる人間として。

自分の言動を振り返ることを忘れずにいたい。

私自身も、そうありたいと思っています。

この記事を書いた人

中野誠子

株式会社Make Care 代表取締役社長

中野 誠子

看護師 / (元)重症心身障害児者認定看護師

精神科病棟勤務・看護学校教員として経験を積み、「こころに寄り添う看護」を志す。石森・濱𦚰とともに株式会社Make Careを創業。現在は訪問看護ステーションくるみの代表として現場に立ちつつ、メディアにも積極的に登場し、地域精神医療の啓蒙とアップデートに挑む。

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