
看護師・中村がクライシス・プランの実践を軸に、看護のこと(時々それ以外も?)を自由に綴るエッセイ第20弾!
「アウェイ感」を楽しむ
僕は銭湯が好きだ。最近も、少なくとも週に一、二回はどこかしらの銭湯に行っている。
特に好きなのは、いわゆるスーパー銭湯のような巨大なところより、昭和の時代から続いているような、その地域に根ざした昔ながらの銭湯である。
現在住んでいる大阪府は東京都に次いで銭湯(大阪では「風呂屋」という呼び方が一般的らしい)が多く、ありがたいことに楽しみは尽きない。また、旅行や出張の際は、時間があればできるだけ現地の銭湯に行く。
初めて行く銭湯には、少しばかりの緊張感がある。すでにできあがっている場の空気の中に、よそ者として入っていく感覚である。常連らしき人たちの振る舞いを横目でちらちら見ながら、ここではどうするのが自然なのだろうと、なんとなく周囲をうかがう。
以前は、そうしたアウェイ感を少し面倒に感じることもあった。しかし最近では、それも銭湯の楽しみ方の一つになっていると思う。
大阪市、寝屋川市、守口市、
門真市、大東市、枚方市、吹田市、尼崎市全域対象
“精神科に特化”した
訪問看護ステーション
「くるみ」
平日・土曜・祝日 9:00〜18:00
【日曜・お盆・年末年始休み】
※訪問は20時まで
対応させていただいております。
銭湯という空間、常連さんと祖父との記憶
昔ながらの銭湯は、誰でも気軽に入れることを前面に打ち出している場所とは少し違う。最近では積極的に新たな顧客獲得のためのさまざまな工夫をしている銭湯もあるが、そこには、まず地域の人たちのために営業を続けてきたという歴史がある。初めて訪れた自分が、その歴史の中に少しだけお邪魔させていただいている、そんな感じがなんだかいいのである。
湯に浸かれば緊張はほどける。入る前に少しばかり身構えていた分、湯船に身体を沈めたときの緩みが大きく感じられる気もする。緊張と弛緩の落差が、銭湯で過ごす時間の心地良さを増してくれているのかもしれない。
地元の常連さんとのやり取りも好きだ。ちょっとした声かけがあったり、その場のルールを自然に教えてもらったりすることがある。そこには、わざわざ歓迎の言葉をかけるでもなく、かといって露骨によそ者扱いするでもない、なんとも言えない絶妙な距離感がある。不思議なことに、どこの銭湯に行っても、立場や年齢の違いなどまったく関係なく、そこでは対等な人としてのやり取りが行われているように感じる。
そういえば、小さい頃、一日の漁の仕事を終えた祖父の運転する磯臭い軽トラの助手席に乗せられて、よく近所の銭湯に行った。湯気の漂う狭い空間でよく知らない人(そのほとんどが地元の漁師だった気がする)と同じ時間を過ごしたり何気ない会話を重ねる経験は、学校や家庭では得られないものだった。今でも銭湯が好きで、銭湯に行くことがごく当たり前のように感じられるのは、間違いなく祖父の影響が大きい。
番台が残っている銭湯では、おばあちゃん(のことが多い)とのやり取りも好きだ。建物の造りを見るのも楽しいし、壁の注意書きをチェックすることも欠かさない。風呂上がりに飲むサイダーやジンジャーエール、冷やし飴、牛乳もうまい。外に出た瞬間の風も心地良い。こうして書いているだけで、また銭湯に行きたくなってくる。
▼大阪市城東区の菊水温泉。僕のお気に入り銭湯の一つ。ちなみに、大阪は天然温泉ではなくても「〇〇温泉」という屋号を付けるのが一般的らしい。

五感を呼び覚まし、頭の中を「オフ」にする時間
銭湯に通う理由は、単にお風呂が気持ちいいからというだけではない。僕にとって銭湯に行くことは、自分の「いい感じ」を保つための日常的な行動である。定期的に銭湯に行っていると、「自分で自分を大切にしている感覚」が得られるのだ。
四十度くらいのちょうど良い湯に浸かって全身の力が抜けていく瞬間や、少し熱めの湯に入って思わず身体が跳ね上がる瞬間。温まりすぎて水風呂に入ってクールダウンしている時の引き締まっていくような感覚、お風呂上がりに脱衣所の扇風機を全身で浴び、身体に残った熱を逃がしていく爽快感。そうした一つひとつの瞬間に、僕は自分の身体感覚、つまり「生きてるって感じ」を味わっている。
普段の生活は頭の中がいろいろなことでいっぱいになりがちだ。仕事のこと、これからの予定、気になっていること、不安なこと。何かしていても、頭のどこかでは常に別のことを考えている。スマートフォンを開けば、また別の情報が目に入ってくる。要りもしないのに。
銭湯にいる間は、そうしたあれやこれやを、いったん脇に置いておける。もちろん考えごとがゼロになるわけではないが、それでも、湯の熱さや水の冷たさ、肌に触れる風の心地良さといった身体感覚に意識を向け、常連さんとのコミュニケーションを(緊張感も含めて)楽しみ、場所そのものの雰囲気を味わっているうち、頭の中を占めていたものが離れていく感覚が確かにある。スマートフォンを物理的に見られないというのも大きい。デジタルデトックスしよう、などという意識の高さなど到底持ち合わせていないが、結果的にそういう時間になる。
そして、帰り道には、なんとなく気分が整っている。
▼住之江区の寿楽温泉。ここもとても良かった。廃業の危機に瀕していたが、現在は近所の病院が経営しているという珍しい銭湯。2階が広々とした休憩スペースになっており、お風呂上がりもゆったりと過ごせる。

すでに知っている心地良さを守る
もちろん、銭湯に行けば悩みが解決するということではない。別に仕事や生活上の問題がなくなるわけでもないし、パッと気になっていたことに対する答えが浮かぶわけでもない。お風呂から上がれば、またいつもの生活が待っている。それでも、少なくとも、今日は自分のために時間を使った、という実感は残ることになる。
「自分を大切にする」というと、何か特別なことをしたり自分にご褒美をあげたりすることを想像する人が多い気がする。しかし、僕にとっては週に何度か銭湯に通うことがその一つなのだと思う。自分の調子を整えるために何かを新しいことを始めるというより、自分が実はすでに知っている心地良いと感じる時間を、生活の中にちゃんと確保しておくことが、意外と大切なのではないかと思う。
さて、次はどこの銭湯に行こうか。初めての場所で緊張感を味わうのもいいし、慣れ親しんだ銭湯で思い切り体を伸ばして湯に浸かるのもいい。風呂上がりには久しぶりに冷やし飴が飲みたい。